ゴーン事件の概要

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2021年5月10日月曜日

事実経過

 


正確で精密な事実(真実)が法的判断の基礎である。日本は杜撰な証拠で矛盾の事実を認定しても、不思議と検察官や裁判官そして一群の退官弁護士らは「精密司法」と自画自賛する。過去の多数の冤罪はすべていい加減な事実認定、矛盾だらけの事実認定を根拠に無実の人が裁かれた。

本件事件は事実経過だけを見ても直ちに異様な状況が見て取れる。これを理解しない報道関係者がいかに司法取材を検察リークに依存し、長年の間に失明しているかが推認できる。

公表された事実は主として検察発表である。このため、検察に不都合な真実は当然に闇の中、行間にある。何があるべき真実かを論理的に推論することも事件記者の基本的素養である。公開会社のトップが金商法違反で突然逮捕されるという事態が如何に不条理なものであるかを今になっても知らない事件記者が多いことは今後も検察の自由自在の違法捜査が罷り通るという意味で、是非とも事件記者には覚醒してもらう必要がある。

2021年4月8日木曜日

冤罪国家

 

人質司法はその部分現象

日本の歴史上、上から形式的に与えられた人権思想は存在しても、市民が自ら人権を主張したことはない。それは文字通り、人権教育を受けたことがないからである。それは君主憲法である明治憲法が形式的に国民主権の日本国憲法に代わったからとて実際にはほとんど何も変わらなかった。特に、司法権については、その官僚組織、つまり、役人は全く変わらなかったから当然と言えば当然である。

この結果が戦後から現在まで続く、日本の冤罪誤判の歴史の主たる原因に他ならない。国民は、いとも簡単に憲法が挿げ替えられれば、国民の権利関係・権利意識、公務員の順法精神なども一緒に変化すると、全く根拠のない、神話を現在まで信じ込まされている。これに一役も二役も買って出て来たのが報道機関、報道記者達である。戦前は露骨に政府御用達機関を演じたが、戦後にもその本質は全く変わらなかった。政府組織も報道機関も人間が代わらなかったのであるから当然と言えば当然である。ただ、日本は戦後復興、特に経済科学の分野では先進国に頭を並べるほどに、躍進した。この大量消費文明への向上が、国民に、精神生活の向上、レベルアップも並行しているとの誤解錯覚を生み出していることも事実である。

不都合な真実は常に政府によって隠蔽され、それを消極的にマスコミや学者知識人が協力するかたちで、常に闇の中に葬られてきた。人質司法など、昨日今日生まれたものではない。日本には古来から存在してきた。この令和の民主主義の時代においても公然と存在している。憲法が民主憲法に変革されてからも既に100年経つのに、この封建為政の人権無視の刑事司法理念が生き続けている国家なのである。いかに国民が何も知らされていないか、いかにマスコミや学界が本来の機能を果たしていないかが歴然としている。

冤罪の歴史上、人質司法の段階で失敗する例は未だ無かった。ゴーン事件が最初の人質司法の失敗例である。この結果、日本の冤罪の構造が骨の髄まで、白日にさらされる結果となった。日本のマスコミはこの期に及んでも、ゴーン事件の本質が冤罪であり、その過程の人質司法の段階で失敗した例であることを認識していない。

ほとんどの外国の記者なら、今後の展開を予想することができる。日本の記者だけが、今後の裁判の行方を予想することができない。その証拠が、怒涛の如く垂れ流していた検察リーク情報が、まるで水源が枯れた河川のように干上がってしまっている。そんな馬鹿な、事件はこれからいよいよゴーンの反撃が始まるというのにである。

日本の新聞記者は自分で裁判の中身や方向を判断する知力学力がない。刑事事件記者でありながら、刑事裁判の基本を全くしらない。これが検察官に着け込まれ、好き放題のリーク情報を垂れ流され、それをそのまま報道してきた実態がある。

今、検察がゴーンの不利な情報を垂れ流さないで沈黙しているのは何故か。せめて日本の事件記者にも、これくらいの疑問はもってほしいものである。裁判は何故進まないのか。誰か確かな専門家が解説したのか。ヤメ検やテレビ弁護士が無責任にも、「今後ゴーンの裁判は開かれない」などのガセネタ情報を垂れ流しているが、本当か。日本のマスコミが検察と一緒になって「だんまり」を決め込む姿は、恐らく世界の報道関係者には異様な光景に映るだろう。

基本法令

 

刑事司法の基本法令は憲法と刑事訴訟法である

ゴーン事件では第一の被疑事実が金融商品取引法違反容疑、第二、第三の被疑事実が会社法の特別背任容疑である。犯罪構成要件を考察する場合にはこれらの法律に言及せざるを得ない。しかし、本事件は明らかな冤罪の様相を示しており、それは明白に憲法と刑事訴訟法に違反する。しかも、捜査手続に法令違反があるだけでなく、公訴提起後の裁判手続においても法令違反が繰り返されるという二重にも三重にも法令違反がある。
以上に述べた法令違反は刑事裁判の大きな区分で言えば、本案前審理、つまり、刑事裁判を開き進めていくための法律要件であり、本案審理、つまり、犯罪構成要件に該当する事実の有無についての事実認定過程とその宣告とは区別される。

ただ、訴訟手続上、被告人弁護人は本案前審理で勝訴しても本案審理で勝訴してもよく、しかもどちらか一つで勝訴すれば必要十分であるから、主張立証の容易な方を第一選択とする。他方、検察官はどちらでも勝訴する必要があることは言うまでも無い。本件事件の場合、明かに捜査手続、証拠収集方法に違法・犯罪が明白なため、弁護団は本案前審理での争訟を第一選択とした。この弁護団が本案前審理で最初に戦うことを可能にしたのが、ゴーンが自白しなかったこと、つまり、検察側が人質司法に失敗したことである。

これで裁判は普通は検察敗訴、つまり被告人は無罪となるのだが、検察に事実上の人質司法を認めて来た裁判所は検察と一緒になって無罪判決への道程を拒否している。これが逮捕起訴以来1年2か月も第一回公判期日の指定をしないという

違法不当な訴訟指揮の結果である。裁判所は、さらに1年後に公判期日を延期する打診さえしていると言う。被告人の人権など全く考慮していないことは明白である。

ただでさえ公判手続きを遷延したいところにゴーンの国外脱出事件が起こった。一番喜んだのは検察と裁判所である。しかし残念ながら、既に弁護人が選任されており、被告人の法廷不出頭は手続停止や遷延の理由とはならないのが刑事訴訟法の規定である(刑訴法286条の2 他)。それでも強引にゴーン裁判を停止させ、あるいは公訴棄却して永遠に裁判をしないことを試みるのが検察と裁判所の今後の対応である。ともに明白に刑事訴訟法に違反し、憲法の保障する刑事被告人の人権保護の規定に違反する。

ゴーンが外国人被告人であることから、今回の国外脱出事件は様々な国際法的問題を発生させる。検察や裁判所が行った冤罪という犯罪行為がそのまま放置されることはない。闇に沈めることができるのは国内だけの話である。その意味で、ゴーン事件は新たな局面を迎えたに過ぎない。

詳細は投稿の【憲法条文】を参照下さい。

詳細は投稿の【刑訴法条文(1)】を参照下さい。

詳細は投稿の【刑訴法条文(2)】を参照下さい。

ICPO国際手配


 国民へのポーズとその失策

乱発した国際赤紙手配

最初の国際手配

ゴーンは2019年12月末に国外脱出した。国内外ともに大騒ぎとなったが、ここで日本政府はゴーンを国際手配をした。マスコミは検察リーク情報を御用達機関とばかりに垂れ流す能力しかないため、必要な正確な情報を国民に流すことができない。今回もそれが外国の情報によって暴露された。重要な事は、最初のゴーンの国際手配時には、まだゴーンについて入管法違反容疑(国外への無審査出国の罪)の逮捕状は請求されていないかった事実である。では身柄拘束は何を根拠に主張されたのか。当時、ゴーンの身柄拘束の理由となる法律的根拠は2つしかなかった。一つは直前に犯した入管法違反であり、あと一つは保釈条件違反による保釈取り消しの効果としての拘留状である。検察はこの拘留状を根拠に国際手配をした。これが後に重大な国際的法律問題を発生させた。これが外国で暴露されたのである。

日本人手配と外国人手配の根本的差異

日本人が日本国内で犯罪を犯し国外逃走した場合、国際手配して身柄引き渡しを国際的に求め、相互に協力することは合理的であり、その意味でICPOは有意義な国際協力組織である。しかし、外国人の場合、特に、外国人が母国に戻った場合、日本から見れば逃亡であっても、母国からみれば帰国である。ゴーンの場合、母国レバノンへの入国は適法な手続を経たものであったため、一層、母国から見れば、適正な帰国者であった。この場合、ICPOの規定では、ゴーンの裁判を日本で行うかレバノンで行うかの合意を40日以内に決定しなければならないとされているという。しかし既に日本では裁判が開始しており、そのような議論の余地はない。つまり、日本は本来なら身柄拘束を求めることができない事例について国際手配をしたことになる。日本はICPO規定違反を犯したことになる。ここでも重要なことは、日本の裁判所は無理にゴーンの身柄を拘束して強制的に出頭させなくても、裁判の進行、公判手続きの進行には全く支障がないことである。結局、検察は必要のない身柄拘束を求めたことになる。これも国民が何も知らされていない重大な事実である。

第二の国際手配

ゴーン夫人に対する偽証容疑の逮捕状請求と国際手配である。前記の説明を理解した人にはこの国際手配が、明かに権利濫用で最初から国内の国民向けのポーズでしかないことが理解できるであろう。検察は最初からゴーン夫人の身柄引き渡しが不可能なことは百も承知で国際手配した。勿論、夫人の母国での裁判に合意する筈もなく、今回も結論は有耶無耶となり、実際のゴーン夫人の逮捕や引渡しが行われることは無い。検察は最初からこの予定であった。ゴーン夫人の名誉を棄損しただけの国際犯罪と言える。国際手配しておいて、ゴーン夫人の母国での裁判を拒否したことは、法的には正当と認められる余地はなく、将来、日本政府はゴーン夫人から損害賠償請求訴訟を提起されることになる。

第三の国際手配

検察はやっと、ゴーンとアメリカ人数人を入管法違反罪と犯人隠避罪で逮捕状をとり、国際手配をした。しかしもはやゴーンの母国のレバノンがゴーンの身柄を引き渡すことはなく、勿論、アメリカ政府も同様である。アメリカ政府はゴーンの裁判が何処で行われるかを見極めなければ身柄引き渡しはできないのであるから、一層、日本への身柄引き渡しの可能性は無い。これらのことは既に自明の事実であって、検察は再び、国内の何も知らない国民むけにポーズとしての国際手配を行った。ゴーンは入管法違反罪については正当防衛を主張し、無罪を主張するであろうから、将来、検察の名誉棄損行為に対する法的反撃を行うことは必至である。

刑訴法条文(2)


刑事司法手続きに関する基本法

ゴーン事件に関係する条項

公判手続編1

公判期日指定

起訴状が裁判所に提出され、その謄本が被告人に送達されれば、事件は裁判所の管轄下に入る。被告人の身柄も裁判所の管轄下となる。裁判所は被告人に対し、弁護人の選任を命じ、選任された弁護士弁護人と検察官と裁判官の3者によって被告人の刑事責任の有無について法律的で専門的な手続が進行する。この裁判所管轄下の手続を公判手続きと呼ぶ</p>
<p>公判手続は基本的に検察官の主張と立証に対して、弁護人の反論主張と立証の構造となっている。これを民事訴訟と同列に表現して「当事者主義」とか「対審構造」と呼んでいる。裁判官は両者の言い分のどちらが証拠に照らし論理的で合理的であるかを判定する行司役として位置づけられている。

実際の訴訟行為は裁判所の法廷で日時を決定して進められるから、これを公判期日と呼び、これは裁判官の訴訟指揮権として指定決定権限が認められている。日本の刑事裁判の実際ではこの裁判官の訴訟指揮権の濫用が目に余るのである。

ゴーン事件では逮捕起訴以来、1年2か月以上、第一回公判期日さえ指定されていない。明らかに憲法で保障する被告人の裁判を受ける権利、迅速な裁判を受ける権利を侵害している。

何故裁判官は期日指定をしないのか。結論を端的に言えば、人質司法に失敗した検察は有罪となる有力な証拠を持たないため、裁判を進めれば無罪判決しかない。だから、検察官は証拠開示に抵抗し、裁判官がこれを容認しているからである。

実際は、本来手続を効率的に迅速に進めるため、論点整理のための公判前整理手続きにおいて、検察官が本件司法取引に関する証拠開示に抵抗を示し、それを裁判官が認容しているため、公判期日の指定ができないでいる。

検察官が収集した証拠が違法手続であれば、証拠は法的に認められ無い。こんな世界共通の違法収集証拠排除則を日本の裁判官は認めようとしないのである。これをマスコミが報道しないから、国民も知らない。ゴーンは国外から、この日本の前時代的で人権を無視した刑事手続きを弾劾することになる。

条文

第二百七十三条 裁判長は、公判期日を定めなければならない。
2 公判期日には、被告人を召喚しなければならない。
3 公判期日は、これを検察官、弁護人及び補佐人に通知しなければならない。

ゴーン事件に関係する条項

公訴手続編2

被告人出頭不能

裁判官が不当に長期間期日指定をしないという違法状態の時、誰もが想定しない事件が起きた。ゴーンの国外脱出である。これを一番喜んだのは裁判官であり検察官であった。まだ裁判も開いていないのに、検察官はゴーンが有罪を覚悟して、それから違法に国外逃走した旨のリーク情報をマスコミに流し、日本のマスコミはこの有罪逃亡説一色で染め上がった。著名なヤメ検弁護士若狭勝氏は有名なテレビ情報番組で何度も、今後ゴーンの裁判は開かれないと断言した。同じく、司法研修所で刑事弁護教官がウリの菊池弁護士も、今後、ゴーン裁判はゴーンが法廷に出頭できるまで、塩漬けになると解説した。

著名弁護士らの解説は正当だろうか。先ずこれらの著名弁護士には被告人の人権という観点が全く欠如していることである。かれらは、一応、「被告人は無罪の推定を受ける」という有名句は必ず口にだすが、全く行動には反映されていない。完全な言行不一致である。ゴーンが刑事裁判を受けられなくなることをまるで裁判官や検察官と一緒になって歓迎しているかの如きである。ゴーンは一貫して無罪を主張しており、彼の無罪を求める権利、不当に起訴されたことに対する反論の権利は弁護士として守る必要があるのではないか。特に、刑事裁判の当事者主義、対審構造から言えば、被告人本人の出頭不能は公判手続きの進行には問題がない、という視点を全く欠いていることである。これが、素人である国民相手の故意の欠落か、本当に勉強不足、理解不足で論理的に刑訴法を知らないのかは本人らにしか分からないが、少なくとも国民は、かれらの結論が一面的な謬論であることを理解する必要がある。

謬論の根本的な理由は、彼らがたった一つの条文しか見ていないこと、刑訴法の基本には被告人保護の思想があるという点を失念していることにある。彼らが金科玉条とする条文が、法286条である。

条文

第二百八十六条 前三条に規定する場合の外、被告人が公判期日に出頭しないときは、開廷することはできない。

刑訴法が裁判官や検察官のためにあるとする立場であれば、法286条は原則規定で、前3条と次条286条の2は例外規定となる。一方、刑訴法が被告人保護のためにあるとする立場では前3条と次条286条の2がそれぞれが原則規定で、法286条を原則規定とは看做さないただの並列規定になる。ここで、そもそも原則だ例外だと色分けして考えることが法解釈学としては邪道であり、論理的に誤りであることに気付くべきである。それぞれの条文について、原則だ例外だとの色分け色眼鏡を外して解説すると、以下の通りとなる。敢えて言えば、全ての条文を正確に文言どおりに考察する立場と言える。順次前3条から解説する。そして最後に法286条の法意を確定する。

法283条 被告人が法人の場合: 本人は自然人ではないから、出廷させることは不可能である。重要なことは、ここでも、被告本人が出廷しないくても、公判手続きは何の問題なく進行できることが大前提にある。

法284条 軽微事件: 何を基準に軽微か否かの区別をするかもただの立法政策の問題であり、公判手続進行の本質には無関係である。つまり、ここでも、被告人本人が出廷しなくても公判手続きは進行できることが大前提である。

法285条1項 拘留に当る事件: 前条は軽微な罰金・過料事件であったが、本条1項は拘留事件である。この条文には極めて重要な文言が存在する。それは、「被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めるときは」不出頭が許容されることである。ここでも被告人本人の不出頭が公判手続き進行には問題がないことが大前提である。

法285条2項 3年以下の懲役、50万円以上の罰金事件:冒頭手続き(起訴状の朗読等がある)と判決の宣告の場合にだけは出頭を要するが、それ以外の公判期日には前項と同じ扱いをする。ここでも、被告人本人の不在廷が公判手続きの進行にとって障害とならないことが前提となっている。

法286条の2 法文の体裁は法286条の例外規定となっている。: 「前3条」の具体的内容を見て、法286条の2の内容を見れば、法286条の趣旨は自ずと明らかとなる。特に、法286条の2は法286条の例外規定となっており、著名弁護士2名がいくら法286条を根拠としても、明白に例外規定が存在するから、これを無視することは出来ない。

法286条の2 の趣旨: 被告人本人が出頭を義務付けられている場合(つまり法286条の適用がある場合)でも被告本人が出廷に頑強に抵抗し拒絶した場合には被告人本人の出廷がなくても公判手続きを進めることができるとする規定である。著名弁護士2名は明らかにこの規定の趣旨を無視している。念の為条文を掲示しておく。

第二百八十六条の二 被告人が出頭しなければ開廷することができない場合において、勾留されている被告人が、公判期日に召喚を受け、正当な理由がなく出頭を拒否し、刑事施設職員による引致を著しく困難にしたときは、裁判所は、被告人が出頭しないでも、その期日の公判手続を行うことができる。

刑訴法条文(1)


刑事司法手続きに関する基本法

ゴーン事件に関係する条項

捜査手続編1

司法取引

日本法制史上、最悪の立法と言っても過言ではない。検察が従来から行って来た「ヤミ司法取引」を何と法律で堂々と行うことを可能にした最悪の法律である。これは日本の立法が事実上官僚に支配され、国会議員はただの「飾り」だという実態を反映したものでもある。刑事訴訟法は法務官僚、即ち、検察官と裁判官らによって、都合よく改変及び解釈されている。在野の弁護士らは民事弁護で生業重視の生活で手一杯で、違法立法の監視など全く期待できない。学者に至っては、ほぼ司法試験や公務員試験の予備校講師程度の力量しかなく、全く学界としての社会的機能・実務監視機能を喪失している。これが日本の法治主義の実態でもある。

正義を実現する手続である司法手続に本来、利益や効率・結果の達成を目的とする「取引」があってはならない。許される最小限の場合が、被告人の利益となる場合である。それも被告人が同意や合意してのうえである。

今回導入された司法取引法は全く被告人の利益に反し、検察官・裁判官の利益のためだけに資する国家の法としてはその存在が許されないものである。もっとも共犯事件のみに適用される、共犯者裏切り型・責任転嫁型・冤罪可能型であるから、協力共犯者にだけは利益となるが、有罪とされた共犯者には最悪の制度となる。

この制度の悪質なところは、今回、在野の弁護士まで加担させたことである。これで、在野に悪徳弁護士が多数存在することも証明されたし、どのような種類の弁護士が協力するかも国民には明らかになってきた。悪名高きヤメ検弁護士らである。違法手続とわかっていて協力する弁護士らだから、それ以外にはまともな弁護士はいない。ここまで司法界が腐敗してきているのであるから、国民もそろそろ目を覚ますべきではないか。

加担弁護士が如何に悪事を働くかについては別稿で詳論している。

憲法条文


刑事司法手続きに関する規定

適正手続条項

Due Process of Law

憲法第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

本条は、アメリカ合衆国憲法修正第5条および第14条の「何人も、法の適正な手続き(Due process of law)によらずに、生命、自由、または財産を奪われることはない」という、デュー・プロセス・オブ・ローに由来する。

これは単に法律の条文に従えば良いという意味では全く無い。法律が適正であること、解釈が適正であることまでを要求している。勿論、適正な法律が存在しないことも、本条違反となる。

ゴーン事件では検察の行為には,違法な司法取引の他、公訴時効法違反、金商法違反、人質司法、数多くの刑訴法違反(これは裁判所との共同行為)と驚くほどの法律違反がある。検察が一方的にリーク情報を流してマスコミを誘導していることもゴーンの主張するように、守秘義務違反である。冤罪は単に事実認定の誤りではなく、膨大な法律違反を伴った検察と裁判所の犯罪である。

迅速裁判請求権

上限の規定がない現実 無限裁判

憲法第37条1項  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

この迅速裁判義務規定を引き受ける具体的法律の規定がない。文字通り画餅である。このため、事実に争いがある事件では5年10年の裁判はザラにある。特に有名冤罪事件では15年近くのものが複数あり、甲山事件では確定判決となるまでに25年の歳月を費やした。これが憲法を頂点とする法治国家と法匪が主張する実態である。

ゴーン事件も逮捕起訴以来、既に1年2か月もなるのに、第一回公判期日さえ指定されていない。検察が抵抗し、裁判所がそれを容認しているからである。何故か。検察は人質司法の失敗により、自白という唯一の有力証拠を獲得できなかった。しかも、司法取引というそれ自体違法な手続で証拠を収集した。弁護団からこれらについて証拠開示を求められており、それを頑強に否定しているからである。